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Input

私の日常の実験の多くは人間のデータシートを取り続ける類のもので
変な喩えですがIQテストみたいなものを延々繰り返している感じです.

参考になるので,他のひとの実験に参加させてもらうこともあります.
ここの所,あるパタンの音信号を検出する課題を,映像信号の妨害環境下でやる
というのに参加していました.

個人差はあると思うのですが,意外なことに
妨害なし条件に比べて,同期妨害あり条件のほうがやりやすかったのです.
妨害なし条件はやりやすいように見えて
モチベーションを保つのが難しくさえ感じました.

外乱は無いに越したことはないと思っていました.
でも干渉のない人生はつまらないので
適度な外乱は必要だ,と思っていました.
でももしかしたら,外乱は,私が思う以上に必要なのかもしれません.

家の前の川の流れ
草むらを切る風の音
蛍光灯のちらつき
空調の低い音
そういうものは,私を邪魔していないのかもしれない.

年をとるにつれて
ものを考える時に,変なアクションが伴うことに気付き始めています.
目を強く閉じる
眉根を寄せて斜め上を眺める
口をとがらせる
指先で机を叩く
びんぼうゆすり
こういったものが,なぜ出てくるのかを
どうして私達がそれにすがるのかを
知りたいです.
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雑事 : Comment (0)

モノとコト

外国の方が日本語を獲得していく様を横で眺めていて,思うのですが
日本語は本当に多義的.
High context民族,と呼ばれますが
「すごい」とか「やばい」とか,とても文脈依存で使っています.

これって橋や柄杓に似ていると思います.
使い慣れてる人からしたら,とても便利.
それさえ持っていればいい.
でも,使ったことがない人からしたら,非常に大変.
どうしたら良いのかわからないと思います.

昔,学会のイベントで樽酒が割られて
柄杓で升に酒を注いでいたら,先生が言った一言
「日本人は非常に道具を作るのが下手で,僕はそれが残念」
意外な一言でした
でも
ナイフ,フォーク,スプーンに対応する箸
スペシャリストではなくジェネラリスト
確かに,研究者の視点から見ると,その意見も解らなくないです.

ところで,話が逆転するようですが
日本語は本当に沢山の言葉を持つ言語なのです.
アイヌの人が,「白」に対応する言葉を7つも持つように
日本語には,オノマトペと呼ばれる擬音語・擬態語が,それこそ沢山あります.

不思議ですが
モノに関する言葉はたくさんあって
コトに関する言葉が少ない
空気を読み,和をもって尊しとなす.
でも,小さな違いにもちゃんと気づいて気にしている.
きっとこれは,我々の心,付き合いかたなんかに
関係しているんでしょう.

雑事 : Comment (0)

色覚について

美術の資料集を長く見続けるのには忍耐が要りますが
実際の絵を目の前にすると,その魅力に目を奪われる事があります.
色って印刷物だと全然違います.
(少なくとも私が小学生の頃は)

と,同じことがテレビや,もっと言うと記憶でも起きているような体験.
地元のチューリップ祭りで,色とりどりのチューリップに囲まれた時
「ああ,赤だ」
と思わず呟きました.
ふと,隣を歩く人の会話が耳に入ります
「やっぱ赤が一番キレイやねチューリップは.」

赤・白・黄色・ピンク,様々な色のチューリップ
どれも綺麗だな,個人的には黄色が好きかな,MIXもいいな
(ところで色MIXの花って遺伝子どうなっているんでしょうか)
なんて,映像やそれに基づく記憶をもとに,思っていたのですが
久しぶりに実物を目にして,圧倒的な赤の存在感
驚きました.
伝統的にチューリップが赤で代表されるには,理由があったわけです
これは普遍的な法則の域.

以降,興味があれば.

研究 : Comment (1)

富山の女

富山の女性は美しい,って言いません?
とりわけ肌が綺麗だと.
いや私は柴田理恵(富山出身)がテレビで言っているのを聞いただけですが…
でも他所からも聞いたことあるので,通説なのだと思います.
富山は蜃気楼の街.
富山駅の大きな看板にそう書いてありました.
高い湿度でしっとりお肌が完成するという因果関係なんですね.
でもそれホントですかね?

先日,帰宅時に丁度,霧がかかって
もやに包まれた街をとぼとぼと歩きながら
美しいな,と思ったわけです.
街頭の灯りがぼんやりと柔らかく広がって
端の方は細かくちらちらと煌めいている
強い色のない世界
しっとりとつやめく世界
つまり,これが富山ですね?

「ベンジャミン・バトン数奇な人生」という映画で
ブラッド・ピットと共に青年期から壮年期までを演じきった
ケイト・ブランシェット曰く
若いころを撮るのがとりわけ難儀で,CGも膨大なお金がかかるし,
レンズにワセリン塗って肌の質感誤魔化していた,とのこと.
つまり,富山ですよね?

というわけで今のところの仮説
富山の女性が美しい,だけではなく
富山に行くと女性は美しい.

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幸せについて考える

生き物にとって,生きてゆくということは暇つぶし以上の何でしょうか?
特に人間のような比較的安全な生き物にとって.
なんだかソフィーの世界みたいですが.

QOL向上が叫ばれて激しい昨今ですが
で,方法論は??
とどうしても思ってしまいます.
主観量を客観観測できない以上
結局は「気の持ちようです」以上の帰着が無いわけです.それがもどかしい.
そこで曖昧に微笑んでいらっしゃるあなた,あなた本当に幸せですか?

長生きや健康,あるいは貯金の量などは
比較的相関の高い幸せのバロメータのように思われますが
私から見れば
何かはわからない「幸せ」というものが得られる可能性を将来に残す
という意味でのペンディング,予定調和的な匂いがします.
もっとオフェンシブなQOL,幸せの取得の方法論が知りたい.
幸せに成りたいのではなく,興味があります.

なんとなく,こう書くと幸せの定義だったり定量化だったりに
興味が有りそうに見えますが,そういうわけでもありません.
ただ,
幸せをモノで表現できた物質社会が過ぎ去った今
人々はポカンと「幸せってなんだろう...」と思いながら
まあいいや,ごはんたべよ,と予定調和的に生きて死ぬ.
それって生き物として正しいのですかね?

もちろん結果的に見えてくる幸せというものを否定するわけでも
足跡としてしか幸せはないという悲観的な考えを笑い飛ばすわけでもないのですが
どうもすんなり理解できません.

子供のころは楽しかったとか言いますけれど,
適応するのに精一杯だった時分に比べて成人して余裕の出来た
今のほうが楽しいに決まっている
単に,それを自信を持って開示して共感を得ることが出来ない現状が
不満なだけかもしれません.

幸せについて研究するのは私にとってはおこがましい事ですが
各人もう少し幸せについて真面目に考えていれば
今際の際で安楽な笑みを浮かべられるんじゃないですかね.
INTO THE WILDに影響されすぎですかね.

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